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書道コラム

山口県の「玉弘堂」と「岡村製硯所」を視察。

事務局堀野奘仙が山口県の「玉弘堂」と「岡村製硯所」を視察してまいりました。

国の伝統工芸品に指定されている「赤間硯」と対馬で産出される若田石を使った「若田硯」の詳しい説明と、硯の工房を見学させていただきました。

 

硯を使って墨を磨る。という書道人にとってとても大事なことが軽視されている昨今。和硯をもっと多くの人に広めたいという思いと、硯の文化を途絶えさせてはならないという使命感が湧きおこりました。

硯と言えば中国の「端渓硯」と当り前の様に言われていますが、何が良くて使用しているのか理解している人までは多くないのが現状です。

 

日本にだって端渓を上回る様な素晴らしい硯がある。

 

当校から和硯の文化を広めていきたいと思っております。

 

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書道コラム 真実の芸術

最近ニュースになっている自動車の燃費不正問題。昨年のマンション杭打ち偽装問題。粉飾行為。すり替え・・・・・・。不正や知られたくない事を隠す、ということが当たり前の世の中になってきている気がします。

 

利益をあげるため、体裁を保つため、面倒、無気力・・・。どのような理由があるにせよ顧客の気持ちを考えれば真実を知らせたうえでの購入を検討させるべきだったと思うのです。

 

「書道は嘘、偽りの無い真実の芸術」と創立者は言っておりました。

 

わかりやすい部分で言えば「二度書き」です。ぶっつけ本番で書かれたものは修正ができないので、本来の自分の性格・技術といったものが紙に反映されてきます。これをもう一度上から書き直すということは、本来の自分を隠して良く見せようとする、一種の粉飾行為に当たります。これを子供のうちから指導して粉飾させないようにするのも指導者の役割です。

 

粉飾する事、良く見せようと誤魔化すこと、これを子供のうちから常態化させてはなりません。

 

また、もう一つ意見を言わせていただきますと、企業が粉飾せざるを得なかった理由の一つとして、世の中の「厳し過ぎる目」があったと思うのです。

ほんの些細な事、順序立てて解決すれば問題にならなかったようなものまでメディアや週刊誌が袋叩きのようにバッシングしているのを見受けます。最近ですとツイッターやSNSなどで個人の発言が簡単に世の中に発信できてしまうので、その声に敏感になりすぎているような気もします。

 

今年に入り文化庁が漢字の「許容範囲」について指針を出し、許容の範囲が大幅に広がりました。許容範囲とは、手書き文字と活字は違うものだと認識し、手書きで書かれた文字にはある程度様々な形があってよいというものです。

 

ようやくといった感じですが、今までは許容の範囲が狭く、漢字は一画の違いも無く正確に書き取ることが正解だ。という「厳し過ぎる目」がありました。この指針が出たことで、合っているのに「間違い」「不正解」とされてきたものが、今後正しいものとして認識されるようになるのです。

出過ぎたことは厳しく注意すべきだと思いますが過度な厳しさは、失敗を一切認めない、許さないといった社会を肯定しているような気がしてとても窮屈に感じます。

 

粉飾や誤魔化すことをさせない。少しの違いぐらいで×をつけるような厳しさを無くし、ある程度許容する。認めてあげる。

書の教育において、世の中に働きかけ貢献できることはまだまだあるはずです。

 

書道コラム 先生の年齢

「書道の先生」と言われると、おばあさん・おじいさんといったように、ご年配の方を想像される方が多いのではないでしょうか?

 

書道の先生になるためには年をとっていなければならない??いいえ、そんなことはありません。書道の先生になるためには何十年も勉強しなければならない??それも違うと思います。現に当校では30代、40代の若い先生が活躍中です。人に教える技術を学ぶには整ったカリキュラムに基づいて学習すれば数年で十分身に着きます。その後は人にどう指導すればよいか?どう人間性を磨いて書や指導に反映させていくか?という事を考えて年齢を重ねていけばよいだけです。

 

当校の書法概論講座の中に、「書道と書法の違いについて」という内容があります。詳しくは講座でお聞きして欲しいのですが、端的に言うと、「書法」を教えるのも教わるのも年齢は関係なく、「書道」を学ぶという点では先生と生徒という垣根がないので、全員が同じ目線に立っている仲間。ということです。

 

堀野書道学校では先生の定年退職を80歳と決めています。体力的な事もありますが「伝統」を絶やさないためには組織の若返りが必要なのです。ずっとその先生に習っていた方が、他の先生に習うつもりはないということで退学してしまう事もありますが・・・

 

「伝統」とは教える者がいてそれを受け継ぐ者がいなければ絶対に成り立ちません。

 

「伝統文化」に携わる者は、次へのバトンタッチも考えていかなければならないと思うのです。バトンを受け継ぐ者は若いとか年配だとかそんなものは関係ないと思うのです。人に教えると云う事は最初勇気が要ります。しかし、真摯に生徒に向き合って教え始めれば、皆さん必ず自分の方を向いてくださいます。

 

書道の先生は年配の方という既成概念を壊さなければならないと思いつつ、伝統を幅広く伝えて行けるものがたくさん増えれば、きっと、もっと書道界は良くなっていく。そう思うのです。

 

書道コラム 三餘(さんよ)

三餘(さんよ) 董遇の言葉。

 

『冬は年の余りもの、夜は日の余りもの、陰雨は時の余りもの。すなわち冬と夜と陰雨との称にして学問するにはこの三余にて十分なりとの意味』

 

時間に追われて「忙しい」が口癖の人も多いと思いますが、年末・夜・雨の降った時、こんな時はほんの少しだけでも学問に取り組めば、人生を豊かにしていくことができます。書道も一つの「学問」です。練習する暇が無い方でも寝る前の15分、乾いた筆で下敷きの上をなぞるだけでも上達につながります。学問をするには三余で十分なのです。

 

書道コラム プラスワン指導

当校に入学された方で、現職の学校の先生や、習い事教室の先生の方がいらっしゃいますが、時々指導法について意見を交わすことがあります。

これはお聞きした話ですが、英語を指導する際は「プラスワン指導」という方針をとっているそうです。

 

プラスワン。つまり、今できること+まだ出来ない事を一つ学習させることで成長させるという指導法のことだそうです。

 

当校の学習内容を振り返ってみると、よく生徒さんからこんな声が聞こえてきます。「簡単そうに見えるのにできない」とか「頭では理解してるのに手が動かない」とか「出来そうなのにできない」といった声です。特に五十四母字結構法の学習をしている時によく聞く気がします。

この「出来そうでできない」といったことが少しづつ少しづつ繰返されますので、本人の気付かない内にプラスワン、プラスワンと実力を蓄えていっているのだと思います。また、出来そうだと思うことができないため、何度も練習したくなる気を引き起こさせるのです。

 

1,2回練習しただけで出来てしまうようなモノでは本人の成長につながりません。かといってプラス2、3といったように一気に詰め込もうとしても覚えきれません。

簡単すぎず、少しできないことを追加していく。どんな指導にもこれは共通しているのかもしれません。

 

 

書道コラム 墨磨りについて

当校では墨液は使わず、硯を使って墨を磨っていただきます。

これにも理由があり、最大の目的としては墨を磨って心を落ちつけていただくことです。

墨の原料は煤(すす)・膠(にかわ)・香料の3つに分類されますが、この香料にはお香の香りにも似た精神を落ちつける作用があります。

 

香料の中で最も高級と言われているのが「麝香」じゃこうと呼ばれるものです。文字通り鹿から取れるものなのですが、この麝香には「ひらめき」、英語で言うと「インスピレーション」を助けたり、無我の境地、深い精神世界に入る効能があると考えられています。

 

開拓者や幕末の志士などは絶筆をいくつも残していますが、もしかすると墨磨りと香料の力によって開拓や維新の深い思慮や力を得ていたかもしれませんね。

 

「色が良い」「筆がよく走る」などと高級な墨液も売り出されていますが、磨った墨には到底かないません。時間の短縮になるということで墨液を使わせる所は多いですが、少し手間をかけなければ見えてこない世界があります。

 

心を落ちつけて墨を磨る。固形墨の存在価値を今一度見直してみましょう。

 

 

書道コラム

本日より、少しづつ書道に対しての記事を新着情報欄にアップしていきますので、お時間のある方はざっと目を通すだけでも見ていただければ幸いです。

 

今年は現在の所入学者が40名に迫っておりますが、一人一人入学動機は違えど、共通した部分があるように思えました。それは、「本格的に書道を習いたい」ということです。直接ご来校された方から色々とお話を伺いますが、「カリキュラムがしっかりと組まれていること」「家の近くの書道教室でも良いのですが、やはりやるなら真剣に取り組んでみたい」「カルチャー教室では物足りない」といった声を多数聞いてきました。

 

次いで多かったのが、人に教えられるようになりたい。特に外国人へ。という方が多く、「早く教えてほしい」と言われていて、待ってもらっているという方もいらっしゃいます。

 

昭和46年に書道が小学校の課目で必須化されてからというもの、空前の書道ブームが湧きおこり、好景気と重なり、子供だけではなく大人もこぞって書道を習う世の中となっていました。今でいうと「ダンス」がそれに当たるでしょうか?

 

時代の流れと共に書道ブームも下火となり、取組む人口が減ったとニュースにもなっていますが、そんな中登場したのが「パフォーマンス書道」という新ジャンルです。

私達の様に「正統派」と呼ばれる、姿勢や呼吸を整えて均衡美、厳格、気風のある文字を書くこととは対極に位置するものであったので、登場し始めた頃は呆気にとられたものでした。

書道を知ってもらう為にはいいことだ!否、あれはただの筆を使ったパフォーマンスと言う遊びであって「書道」ではないと賛否両論巻き起こりましたが、実際に当校に対してパフォーマンス書道を教えてもらえますか?といった問い合わせも来たくらいでした。

 

人気を得る為にはパフォーマンスも止むなしか?

 

悩みぬいた時期もありましたが、書風を崩すして筆遊びに走ることは創立者の意志に反する。ということで我々は「正統派を守ろう」という意志の元、パフォーマンスというジャンルが存在することは認めつつ、伝統的な書道を貫くことにしています。

 

一見すると保守的な様に思えますが、これを守り抜いてきたことで、今年の入学者の様な、「本格的な書道を習いたい」という方が集まる学校へと進化していったのかと思います。

 

過去の歴史を振り返っても、書道は時代によって様々な変化を遂げていますが、変化の果てに正統派へ回帰するということが歴史的にも証明されています。確かな答えが何なのかは誰にもわかりませんが、これからも本格的な書道を習いたいという方たちの為に、存在する学校であり続けたいと思っております。

 

 

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